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日替り講座

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【日本史】 切り取り過去問144

切り取り過去問 日本史

問題

(1)荷札に記された紀年の最も新しいのは「至治三年」(1323)で,蒙古合戦からは,まだ50年にもならぬ時期のものである。しかし,最後の大規模な合戦の翌年に創建された円覚寺は,双方の戦没者供養が目的の一つだったと伝えられる。開基の北条時宗は,彼自身の招きに応えて来日し,建長寺に滞在中であった中国江南地方出身の禅僧を,開山に迎えた。この僧侶の名前を漢字で記せ。

(2)前問で記したように,交戦状態の去った後は,大陸との文物交流も次第に復活したものの,長期にわたる戦闘と異国警固の負担は武士階層の経済や生活を圧迫し,売却や質流れで所領を失う者も少なくなかった。彼らの困窮の一要因だった交戦相手国から,和平の国書が到着する正安元年(1299)の2年前に,ようやく幕府は,売買や入質による御家人の喪失所領回復を根幹とする徳政令を施行し,幕府の支持基盤である御家人の保護を図っている。この法令は,発令時の年号を冠して呼ばれることが多い。その年号を漢字で記せ。

《同志社大学》

答え

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