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日替り講座

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【日本史】 切り取り過去問141

切り取り過去問 日本史

問題

(1)日本各地の中世遺跡からの出土銭は総計323万枚余り(1996年3月までの調査集計値)で下線部eより遥かに少ないが,銭種は159を数える。また摩耗・損傷のある銭や,設問dのような事情で供給された貨幣なども,通貨不足のために排除しきれぬことから,当時の社会では多種多様な品質の銭種が混在していた。その環境下では,備蓄用には良質銭種を充当するなど,品質に応じて銭を使い分ける経済慣行も広まった。そのため室町幕府や戦国大名などは,低品質の銭種を指定して,それらが貢納銭中に混入する比率の増加に繰り返し抑制を加えることになった。このような通貨対策のため,当時の幕府や大名などが幾度も発した政令は何と呼ばれたか。

 

(2)沈没船から引き揚げられた遺物の中に,銅製の錘(おもり)があった。その用途などは未詳であるが,表面に「慶元路」の刻文がある。これは「至大」の年号を用いた王朝が定めた地方行政区およびその政庁の名称である。この政庁が置かれた都市には,次代の王朝も地方行政区の治所を置いたが名称は改めた。その新行政区名は現在の行政都市名に受け継がれている。大永3年(1523)にはその地の港で日本からの勘合船同士が,交易手続き上の優先権争いを発端とする武力衝突を交易監督官署や市街にまで波及させる事件を起こした。日本史の上では前述の新行政区名に因んで呼ばれるこの事件の呼称を記せ。

《同志社大学》

答え

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